コンパクトシティという言葉を聞いたことがありますか? 日本では地方都市を中心にコンパクトシティ化が推進されています。筑波大学近未来計画学研究室の谷口守教授にお話を伺い、コンパクトシティの特徴やメリット・デメリット、家を建てるときの注意点、居住誘導地域の調べ方などを解説します。
コンパクトシティとは、コンパクトという言葉の通り「小さくまとまった街」を意味します。住まいや公共交通、商業・医療・福祉施設などを集約し、郊外に居住地が拡散することを抑えたサステナブルな都市構造が特徴です。
「コンパクトシティでは徒歩や公共交通での移動が中心となるため、排気ガスの排出量が減り、低炭素化にも貢献しています。また、人が暮らすエリアが集約されるため緑地も増えます。そういった点からコンパクトシティは自然環境に優しい街といえます。反対に、駅のような拠点がなく自動車移動が基本となる街では、人の居住地は郊外へと広がっていきます。このように外側に広がってしまう街はコンパクトシティとはいえません」(谷口教授、以下同)
コンパクトシティは、日本の都市のスプロール化やスポンジ化といった問題の解決策として注目されてきました。スプロール化(スプロール現象)とは都市から郊外にかけて無計画に市街地開発を行うことを意味し、自然破壊や道路の渋滞、災害時の被害拡大などが問題となっています。一方、スポンジ化とは都市の中に多数の空き地や空き家が発生し、スポンジ状になること。都市の衰退や治安の悪化、インフラの維持管理費の増大等が問題です。コンパクトシティは無計画に都市が広がることや衰退してしまうことを抑制するために有効であると考えられています。
また、公共交通ネットワークの縮小やサービス水準の低下が都市の課題となっていますが、国土交通省はまちづくりと連携した公共交通ネットワークの再構築も指針の中に定めています。(国交省 コンパクトシティ資料)
「コンパクトシティを実現するために、各自治体は立地適正化計画を作成します。持続可能なまちづくりを目指し、住まいや公共交通、商業・医療・福祉施設といった都市機能を適正に誘導するためのものです。現在、全国の670を超える自治体が立地適正化計画について具体的な取り組みを行い、コンパクトシティ化を目指しています。地域の中心部に都市機能誘導区域をつくり、商業施設や病院、博物館など人が集まる場所をつくります。そして、人々が住む場所として居住誘導区域を設けます。この居住誘導区域は、洪水や土砂災害など自然災害に弱い土地を避けて設定されています。また、これらの区域は将来的に人口が減ったとしても、自治体が持続的に維持管理したりサービスを提供できるだろうという予測のもと範囲が決められています」
「コンパクトシティという概念が誕生したのは1973年のこと。アメリカのジョージ・ダンツィクとトーマス・L・サティが執筆した書籍に登場した言葉です。翌年には日本語にも翻訳されました。当時のコンパクトシティの意味は『街の便利な場所を有効利用しよう』といった内容であり、先述したような現在のコンパクトシティの在り方とは異なるものでした。その後、1980年代後半からノルウェーやオランダ、イギリス、ドイツなどの国が現在のスタイルである『土地利用と交通をセットで考える環境政策』を始めたのです」
欧米に起源のあるコンパクトシティ。日本ではどのように広まっていったのでしょうか。
「1980年以降、欧米で現在のスタイルのコンパクトシティ政策が広まると、日本でも自然環境保全や低炭素化などの目標を掲げてさまざまな自治体がコンパクトシティ化に取り組んできました。2008年のリーマンショックを境に生活利便性の向上や地域経済の活性化を主目的とする自治体が増え、社会の在り方に伴いコンパクトシティのマスタープランの内容も変化していきます。なお、近年は人々の健康や福祉の充実を政策に掲げる市区町村が増加傾向にあります。コンパクトシティではお店も駅も歩いて行けるため健康が実現しやすく、今後の高齢化社会のニーズにもマッチしています」
谷口教授はコンパクトシティの意味が誤解されやすいことを懸念しています。
「コンパクトシティ化を進めれば地域がすぐに元気になると思っている人もいますが、実はそれは違います。コンパクトシティは地域に対するカンフル剤ではなく、体質改善に相当します。その施策はダイエットと似ていて、太りすぎた体をスマートにするように、広がりすぎた街をコンパクトにするものなのです。継続しないと痩せないし、無理にやるとリバウンドを起こします。また、コンパクトシティの概念を正しく認知していない人が自治体のリーダーになってしまったことで郊外の開発に力が注がれた結果、コンパクトシティ化に失敗してしまった例もあります。
駅前にタワー型マンションばかり建てるまちづくりもコンパクトシティの方針とは異なるので注意しましょう。タワー型マンションは駅前の人口を増加させるという利点もありますが、防災や持続可能性の観点から課題も多く、コンパクトシティの概念からは外れます」
コンパクトシティと混同されやすい言葉に「スマートシティ」がありますが、これはICTを活用したまちづくりを意味するため、コンパクトシティとは意味が異なります。
「コンパクトシティにはさまざまなメリットがあり、それらは相互作用しています。つまり、どれか一つを実現するとほかの効果も出てくる可能性が高いのです。ただし、しっかりと計画して実施しないとメリットが現れないまま終わってしまうこともあります。また、自治体の取り組み方によって、コンパクトシティでどの程度のメリットを得られるかは異なります」
以下に、コンパクトシティのメリットをまとめました。
人の住む場所やインフラが分散せずに集約されているため、地域が賑わうというメリットがあります。商業施設が集約化されることによって地域の経済が活性化する効果も期待できます。
コンパクトシティではバスや鉄道といった公共交通機関が充実しています。そのため、通勤・通学にも便利な地域であるといえます。住民が快適に利用できるように情報案内システムや路線網の改善を行う地域もあります。
商業地や住宅地を指定の区域に誘導しコンパクトにしているため、それ以外のエリアは自然豊かな環境になります。利便性と豊かな自然環境の双方を享受できる地域といえます。
都市をコンパクト化することにより、上下水道や道路などが効率的に維持管理されます。また、医療・福祉施設等も集約されることで、住民たちもそれらのインフラを有効活用することができます。
人口減少や高齢化は今後の日本において避けられないことです。そういった中で、インフラの維持管理が難しくなったり、地域の活力がなくなっていくことが課題となっています。コンパクトシティでは自治体の経済が健全化することで、福祉や商業等のサービスの持続・活性化が期待できます。
公共交通網が発達・集約することで、自家用車での移動が減り徒歩移動がメインとなるため、健康を維持しやすいというメリットがあります。また、車を使用しない人が増えることで排気ガスの排出量が減ることも人々の健康にとってプラスになるでしょう。
上述のメリットがすべて実現した結果、自治体の財政の再建、健全化を図ることができます。また、財政の健全化はコンパクトシティを持続可能なものにしていく上でも重要なポイントです。
「コンパクトシティを実施することのデメリットはほとんどありません。しかし、ダイエットと同じで継続が難しい政策であることと、地価が低くはならないことは捉え方によってはデメリットといえるでしょう」
「コンパクトシティは長く継続するのが難しい取り組みです。郊外を開発しない政策のため、政治的にあまり好まれないという事情があります。また、市長が変わりまちづくりの方針が変わってしまうことで頓挫してしまうケースも少なくありません。成功させるためには、コンパクトシティについて正しい認識を持った自治体のリーダーと、市民一人ひとりの意識が必要なのです。
また、郊外の森林や農地を潰して住宅地を広げたり、災害に弱い土地を宅地にしてしまったり、そういった誤ったやり方をするとコンパクトシティの政策は失敗に終わる可能性が高いです」
「コンパクトシティにすることでその地域は利便性が高くなるため、地価が相対的に高くなる傾向にあります」
土地の安さを優先して家を建てたいと考えている人にとって、この点はデメリットになるでしょう。
「コンパクトシティは都市機能がコンパクトに集約された構造をしているため、都会的な暮らしをしたいと考えている人には合っていると思います。また、公共交通網が整備されているため、車に乗らない生活をしている人のライフスタイルにも適しているでしょう。反対に、田舎の大自然の中で農業を営みたい人や、車を使った生活をしたいと考えている人には不向きな街といえます」
富山県富山市、熊本県熊本市、青森県弘前市などコンパクトシティの成功事例としてメディア等で取り上げられ、知名度が上がった自治体もあります。ここでは谷口教授が特に注目する松山市の例を紹介します。
松山城を中心に鉄道の駅や温泉街、役所、病院、大学、商業地、住宅が広がる愛媛県松山市。街中には路面電車やバスが行き交い、公共交通機関が充実しています。特に路面電車は住民や観光客にとってなくてはならない移動手段となっています。また、松山駅から松山空港までのアクセスが便利な点もポイントの一つです。
車が主な移動手段の地域では、こういったインフラが郊外に拡散されてしまう傾向にありますが、松山市は都市計画を丁寧に行うことによってインフラが中心部にコンパクトに集約されている状態を保っているのが特徴です。
また、松山市は古い歴史のある道後温泉を活用して観光客を呼び、地域経済を活性化させてきました。車道の幅を縮小して歩道の幅を広げるなど、歩きやすいまちづくりにも力を注いでいます。
コンパクトシティの内容は自治体ごとに差があります。市区町村がコンパクトシティの実現を政策に掲げている場合、ホームページに立地適正化計画が掲載されているので内容をチェックしましょう。どんな取り組みに重きを置いているのかをはじめ、どのエリアが都市機能誘導区域および居住誘導区域にあたるのかを知っておくと家を建てる際の参考になります。
居住誘導区域の住環境を良好に保つために、建築物の高さ制限などが設けられている可能性があります。高さ制限がある場合、建物の間取りや外観にも影響があるため、土地を購入する際は建築条件についても確認するようにしましょう。
すでに解説している通り、コンパクトシティでは車移動よりも徒歩や公共交通機関を利用した移動が推奨され、そういった方針に基づいてまちづくりが進められています。コンパクトシティで暮らす場合、徒歩や公共交通機関を利用した移動がメインになる可能性も視野に入れた上で住まいの場所や暮らし方について検討するとよいでしょう。
最後に、コンパクトシティに家を建てる上で大切に考えたほうがよいことを谷口教授に伺いました。
「コンパクトシティに家を建てる場合は、特に居住誘導区域について知っておくとよいでしょう。その土地がコンパクトシティにあたるのかどうかを知りたいときは、自治体のホームページ等で居住誘導区域に指定されているかを調べてみてください。
この記事で紹介したように、コンパクトシティにはさまざまなメリットが存在し、基本的には住みやすい土地といえます。しかし、自治体ごとに政策の充実度や実現度には差があるため、立地適正化計画に目を通し、その自治体がどのようにまちづくりに取り組んでいるのかを知ることが大切です。リーダーと市民一人ひとりが正しい認識を持つことが、コンパクトシティの実現と継続の鍵です」
コンパクトシティとは、住まいや生活機能がコンパクトに集約された都市構造のこと
自治体が作成する立地適正化計画をチェックするとよい
メリットは多いが、継続するためには正しい認識を持つ自治体のリーダーと市民が必要